京都嵐山温泉 渡月亭 公式ブログ 【RYOKAN】
京都嵐山の料亭旅館『渡月亭』の主人が、不定期に渡月亭はもちろんのこと京都・嵐山の情報を御贈りいたします。京都・嵐山観光やご宿泊、結婚披露宴などのお祝い事や、ご法事などのご会食に最適な料亭旅館 【KYOTO RYOKAN ONSEN】
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
大番頭のひとり言 その五十六 番外編
毎月一日は、弊亭大番頭のひとり言を掲載させて頂いておりますが、本日は番外編としまして弊亭主人による記事を掲載させて頂きます。

大番頭のひとり言 番外編

嵐山の鵜飼

夏の夜の古典絵巻 嵐山の鵜飼が今月七月一日から九月一五日まで開催されます。

鵜飼は、いまや日本情緒豊かな夏の風物詩になっております。

 その昔、奈良から平安京に遷都されました頃、京都では葛野川(かどのがわ、大堰川・桂川の古名)、埴川(はにかわ、高野川の古名)と大内裏の東南に造られました神泉苑(しんせんえん)の池で宮廷鵜飼が行われており、取れた魚を御所に納めておりましたことは、源高明の「西宮記」(さいぐうき)に記録されております。

 また、「源氏物語」巻三十三の「藤裏葉」と巻十八の「松風」に、光源氏が造営しました六条の院の池での鵜飼と桂川の畔の別邸桂殿での鵜飼が描かれております。

 それは、いづれも昼間の鵜飼で必ずしも夜にかぎられてはおりません。しかし、平安朝の日記文学に散見されます鵜飼は、おおむね夜のものにかたよっており、素朴な昼鵜飼より篝火を灯した夜鵜飼の方が、詩情が一層まさるので、作者の平安女性たちの心をとらえたものと思われます。

 また、平安の歌人が嵐山の鵜飼を詠んだ歌が「新古今和歌集」に残されております。

大堰川うかべる舟の篝火にをぐらの山も名のみなりけり 在原業平

大堰川かがりさしゆく鵜かひ舟いく瀬に夏の夜を明すらん 藤原俊成

 平安時代の船鵜飼は、貴族たちの宴遊に催されておりましたが、やがて貴族社会の衰退にともない、鵜飼は地方に流れてゆき、徳川時代には鵜匠制度によって、特権を与えられ、尾張藩の徳川家に保護されました長良川の鵜飼は栄えておりましたが、その後幕府の解体を機に、いち早く観光鵜飼に新しい道を求めましたのが、現在の長良川の鵜飼でございます。

 この嵐山では、昭和二十五年に嵐山保勝会によって、長良川から鵜匠を招いて平安時代に想いを馳せながら、鵜飼を再出発させまして現在に至っております。

渡月亭 主人

↓ 更新の励みになります!ポチっと ↓
人気ブログランキングへ にほんブログ村 旅行ブログ ホテル・旅館へ

ARASHIYAMA KYOTO RYOKAN
TOGETSUTEI ENGLISH PAGE


渡月亭 モバイルHP

京都嵐山温泉 渡月亭 HP

お食事処 渡月亭・松風閣 HP

スポンサーサイト

テーマ:おこしやす!京都 - ジャンル:地域情報

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 京都嵐山温泉 渡月亭 公式ブログ 【RYOKAN】 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。